頭痛専門外来での診察風景

平成23年2月に受診されたAさんの診察の記録です。頭痛専門外来での私の診察手順がおわかり頂けます。
(1)どんな頭痛ですか?
(2)頭痛で会社を休んだことがあるか?
(3)片頭痛か?
(4)慢性連日性頭痛
(5)片頭痛が起こるのはなぜ?
(6)頭痛ダイアリー
(7)片頭痛と緊張型頭痛
(8)頭痛の診察(触診)
(9)頭痛体操
(10)片頭痛の治療薬
(11)薬の注意事項
(12)緊張型頭痛はどうするか




(1)どんな頭痛ですか?


(Aさんの診察) 36歳女性、主婦、Aさん
問診票には、質問に答える形式で頭痛の経過がざっと書かれている。
医師は問診票に目をとうした後、呼び出しマイクのボタンを押す。
「Aさん、診察室にどうぞ」


(2)頭痛で会社を休んだことがあるか?


頭痛の問診では、頭痛による支障度合い(頭痛の悩み、辛さ)を聞くことは頭痛診療で大切なポイントである。

「お待たせしました、Aさんどうぞ」と呼びかけながら、患者さんの様子を見る。
Aさんには、不安、やっと話しを聞いてもらえそうな期待、半分あきらめの気持ち、など様々な表情が感じられた。
「今日は、頭痛でいらしたんですね」 医師は問診票を見て年齢を確認し、問診を始めた。
「いつ頃から、どんな頭痛ですか」 最初の質問。
「ええ、ひどい頭痛で、最近は毎日です」
「いつ頃からですか」
「約3年前からですが、この頃ひどくて、先週も会社に行けない日がありました」
「結構、つらい頭痛ですね。頭痛はひどくなると、どんな感じですか」 医師は、具体的にどんな頭痛かが知りたい。
「頭全体や、前の方だったり、後ろだったりしますが、頭がギューっと強く締め付けられます。先週は、会社に行くのに駅まで歩いたのですが、途中で辛くなり家に帰りました。」 Aさんは、最近経験したひどい頭痛を思い出しながら話す。
「似たような頭痛は、今までも時々ありました」
「はい、3年前からひどくなったと思います」

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(3)片頭痛か?


「今までのひどい頭痛について聞かせて下さい。頭痛がひどくなると、脈打つような、脳に心臓があるような痛みを感ずることがありますか」
「そう、あります。でも、ないときもあります」
繰り返し起こる、ひどい頭痛。医師は、Aさんの頭痛は慢性頭痛と見当をつけ、まず片頭痛を頭にうかべる。少なくとも、今までに経験のない頭痛が急に起こったわけではないので、クモ膜下出血や、脳出血などではなさそうだ。
「頭痛の時はどんな様子ですか?動くと辛いですか?吐き気や、光とか、音に過敏になることがありますか」
「動きたくはないです。でも吐き気はしません。光や音に過敏って、そんな感じもしない気がします」 Aさんは自信なげに答える。
片頭痛の特徴的な随伴症状が、そのままあてはまるわけでもないようであった。そこで、医師はAさんに頭痛の記憶を新たにしてもらうために、やや誘導尋問ふうに聞いてみる。
「でも、頭痛の時は、暗い静かな部屋で、じっと動かずに寝ていた方が楽ですか。それに、吐き気までいかなくても、気分が悪くなることはないですか」
「それはそうです、そういえば出来るだけ静かに寝ていた方がもちろん楽ですし、そうしています。気分が不快になることはあります、吐き気かもしれません。そういえば、前に吐いたことがありますが、頭痛と関係があるとは思いませんでした」 今度は、Aさんははっきりと答えてくれた。
片頭痛は脳の血管が拡張して痛む頭痛と考えられ、血管が脈打つような痛みが特徴である。しかし、頭の痛み方には色々な要素が関係し、痛みは色々に感じられる。特に頭痛の始まりには締め付け頭痛や、強く押される感じの頭痛が多い。頭痛がそのままで治ることもあるが、ひどくなると「脈打つ頭痛」になるのが特徴である。
Aさんの頭痛は、拍動性で、吐き気を伴い、時に嘔吐、光や音過敏、動くと頭痛の増悪といった、国際頭痛分類の片頭痛の診断基準を満たすことになる。片頭痛は片側の痛む頭痛が特徴とされているが、前兆のない片頭痛では両側の痛むことが多い。医師は、Aさんの頭痛が片頭痛と確信した。

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(4)慢性連日性頭痛


「Aさんの頭痛は片頭痛だと思います。でももう少し、聞かせて下さい。最近は毎日が頭痛のようですが、いつも同じ頭痛ですか?それとも、頭痛は毎日でも、ひどい頭痛は時々で、それ以外はそれほどでもないこともありますか」
「そうです。ひどい頭痛は週2日か3日です」
「そうすると、頭痛が2種類混じっていることになりますか。結構ひどい頭痛と比較的軽い頭痛と」
「でも、軽い頭痛といっても、いつひどくなるかわからない頭痛がほとんどです」 Aさんは、軽い頭痛という表現には抵抗を感ずるようだった。
医師は、Aさんの片頭痛は若い頃からあり、最近は他の頭痛も加わり、毎日頭痛に悩まされているのではないかと考えた。
「3年くらい前から毎日の頭痛ですね。その前にも、ときどきは軽くても頭痛があって、今のひどい頭痛に似たところがなかったですか。」
「はい、そういえば会社に入ったころ、それももっと前からあった気がします。でも薬局で買った痛み止めを飲むと、そのうち治っていました」
「そういった頭痛は時々きて、頭痛のない時はケロッとしていたのですね」
「そのとうりです」
「最近は痛み止めをかなり飲んでいますか。1週間にどれくらいになりますか」
頭痛のひどくなるのが不安で、毎日飲んでいます。早く飲まないと効かないので、予防的にも飲みます。1週間には少なくとも10錠は飲みます。でも最近、痛み止めがあまり効かなくなり、薬の量も多くなっています。こんなに痛み止めを飲んでいいのか心配です」 医師はAさんが頭痛外来を受診した理由が分かってきた。
慢性連日性頭痛は国際頭痛分類にはない用語であるが、臨床的には便利である。毎日の頭痛であるが、いくつかの頭痛が混じっているときの仮の診断名として使う。鎮痛薬の飲み過ぎにより頭痛がよりひどくなっていることもある。こういった頭痛をひとまず慢性連日性頭痛とするが、さらに頭痛が慢性化した原因をさぐり、治療を考える。

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(5)片頭痛が起こるのはなぜ?


「失礼ですが、お子さんはおられますか」
「はい、2人。上の子が6歳、下の子が3歳です」
「2人目のお子さんの出産後あたりから、頭痛がひどくなりましたか」 と質問した後、医師は片頭痛が出産後にひどくなることが多いとAさんに伝えた。
「妊娠中は頭痛が少なかったですか」
「そうです。不思議でした」 
Aさんは頭痛が月経の前に起こりやすかったし、妊娠中には起こらなかった。出産後にひどくなったので、女性ホルモンが関係しているのではないかと思って質問する。
「女性ホルモンが片頭痛の原因ですか」
「女性ホルモンも関係します。でも、男性にも片頭痛はあるので、女性ホルモンだけで片頭痛が起こるわけではありません」
「片頭痛は治りますか」 Aさんはそれが知りたかった。子供に、同じ辛さを経験させたくない。
医師はAさんに片頭痛の概略を説明する。
「片頭痛の原因は遺伝的な体質です。遺伝的するので、お母さんが片頭痛だと、子供も片頭痛ということが少なくありません」
「祖母が頭痛持ちでした」 Aさんはうなずいた。
「悪い遺伝ではなく、かえって脳が活性化されやすい体質なので良い仕事をされる方が多く、作家、哲学者、音楽家など活躍しているひとが沢山います。お祖母さまもしっかりした方でしょう」
「はい」 Aさん思い出すように答えた。
「ただ、片頭痛の人は頭痛で損をします。脳の一部が活性化し、その興奮が脳の組織や血管に伝わり、特に三叉神経が脳の血管を拡張させ、その周りに炎症や痛みを起こします」
「難しいですね」 Aさんは、それより頭痛が治る方法を教えてほしいと思う。
「片頭痛の遺伝的体質は治りませんが、片頭痛は何か誘因があって起こります」 医師は説明を続ける。
片頭痛はストレスから解放された時に起こるのが特徴です。有名なのは週末頭痛といわれ、仕事を続けている勤務日には頭痛が起こらないのに、週末に仕事から解放されてほっとした時、特に少し寝過ごした翌朝にひどい頭痛が起こります。月経に関連した頭痛も、エストロゲンのサイクルで、エストロゲンが高いうちは良いのですが、すっと下がって月経が始まる時に片頭痛が起こるといわれています。その他、どんな環境や生活のリズムの変化でも片頭痛は起こります。急に低気圧が近づいたとき、天候の変化、仕事で棚卸しを済ませてほっとした時などです」
「私も人混みに出たときには頭痛が起こる気がします」
「それも環境の変化です。片頭痛の人は環境の変化に敏感です。片頭痛を自分でコントロールしている人は、生活やライフスタイルを上手に調整しています」
「自分で片頭痛をコントロール出来るのですか。私も整体にいって良くなったことがあります。でも、すぐもとに戻りました」 Aさんは、片頭痛に痛み止め以外の治療があることを聞き、うれしかった。
「でも先生、私の頭痛は毎日でいつが片頭痛かわかりません

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(6)頭痛ダイアリー


「簡単な頭痛ダイアリーをつけてくれませんか。カレンダー形式です。1日をおおざっぱに午前、午後、夜に分け、頭痛があったときのひどさを記号で+、++、+++のようにチェックします。飲んだ薬の頭文字や、その他なんでも気がついたことを書いておきます」 医師は頭痛ダイアリーを示しながら説明した。
「そうですか、頭痛の時に書けるかなあ」 Aさんは少し躊躇した。
「ごく簡単に、頭痛があった印をつけておくだけでも役に立ちます」 医師は頭痛ダイアリーの説明を続ける。
「頭痛は他人にはわかってもらえないし、本当は本人も良くわかっていません。ダイアリーをつけて、はじめてわかる大切なことが少なくありません。どの頭痛が片頭痛かもダイアリーをつけると良くわかります。誘因はこれだと気がつくこともあります。片頭痛と緊張型頭痛の2つがある人は、ダイアリーをつけると二つの頭痛の識別が出来るようになります。その他、こんなに薬を飲んでいたのかと驚くこともあります。ダイアリーはあなたの頭痛情報を伝えてくれますので、次の外来では、そこから先のステップに進めます」
「わかりました。ダイアリーつけてみます」 Aさんは、自分の頭痛の悩み初めて聞いてもらえるようで、納得した。

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(7)片頭痛と緊張型頭痛


「先生、私は頭痛が2種類あるといわれましたが、それは片頭痛と緊張型頭痛ですか」
「Aさんの頭痛は、片頭痛と緊張型頭痛だと思います」
慢性頭痛の代表は片頭痛と緊張型頭痛である。日本での大規模疫学調査によると、15歳以上の8.4%(約840万人)に片頭痛があり、23%(約2300万人)が緊張型頭痛を経験したことがあると報告されている。片頭痛は脳の血管が痛む頭痛で、時々起こり1日か2日続く。脈打つ強い頭痛が多い。緊張型頭痛は頭部を支えている筋肉の収縮による持続性の痛みで、頭が強く締め付けられる感じがする。緊張型頭痛はストレス頭痛ともいわれ、精神的、身体的ストレスの最中におこりやすい。
「片頭痛と緊張型頭痛とを識別するコツがありますか」 Aさんは、自分の2つの頭痛の違いについてもっと知りたいと思う。
「頭痛が始まったら、体を動かしてみるとわかります」 医師はAさんに片頭痛と緊張型頭痛との違いを分かってもらうために説明を始めた。
「片頭痛は動くと辛い頭痛で、頭を振ったり、体操をしたりすると痛みがひどくなります。逆に緊張型頭痛は少し体操するとか、気分転換に体を動かすと頭痛が紛れるのが特徴です。何回かお辞儀の動作をしてみて、頭痛がひどくなったら片頭痛の可能性が大です」 
 一般に、脳からくる頭痛は動くと痛みがひどくなるといわれている。体を動かすと、脳から流れ出る静脈が圧迫され、脳内に鬱血がおこり脳圧が上昇して頭痛がひどくなる。例えば、脳腫瘍は大きくなると脳圧を高めるので、運動をするときや、トイレでいきむときに頭痛がひどくなる。片頭痛も脳の血管拡張により脳圧を高めているので、運動で痛みがひどくなる。それに対し、頭の外まわりの筋緊張が頭痛の原因になっている緊張型頭痛では、筋肉をほぐすような運動やストレッチ体操は痛みをほぐすのに効果的である。
「頭痛になってみないとわからないのですか」 Aさんの質問。
「診察でもわかります」 医師はAさんの診察を始めた。

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(8)頭痛の診察(触診)


「Aさんの片頭痛と緊張型頭痛を診察してみましょう」 医師は自信ありげだった。
「Aさん、ちょっと失礼します。首の後ろと肩の触診をさせて下さい。首の横から後ろ、さらに肩にかけて多くの筋肉があり、頭の位置をバランス良く保ち、また頭をスムースに動かすのが役目です」 医師はAさんの首と肩の筋肉の触診を始めた。

1)緊張型頭痛の筋肉のしこり
「ここに、しこりがある。ここにも、ここにもあります。押すと痛みますね。みな、頭を支えている筋肉が疲労して、しこりを作り、血行が悪くなり疲労物質や痛み物質をためています。しこりを圧迫すると痛いのはそのためです」
Aさんは痛みをこらえながらも、いつかマッサージにいったとき、筋肉のこりがひどいといわれたことを思い出した。
「緊張型頭痛では頭痛に関係する筋肉だけでなく、目の動きや、体のバランスを保つ筋肉にも疲労現象が出るので、目の疲れ、ふわふわめまいもよく起きます」
「はい、私もよく目が疲れます」

2)片頭痛の圧痛点
「Aさん、次は片頭痛の圧痛点です。また、痛かったら遠慮なくいって下さい」
 医師は、Aさんの首の後ろ(うなじ)の中央のくぼんだところ(盆の窪)の約1センチメートル上で、中央から約1センチメートル両側を指で圧迫した。
「痛いっ」 Aさんは飛び上がらんばかりの痛みを感じた。
「ここの痛みはさっきの筋肉のしこりの痛みより強いですね」
「すごく痛みます。こんな痛みが起こるなんて」 Aさんは医師に抗議するように答えた。何が起こったのかわからない。
「この痛みは筋肉のしこりの痛みではありません。片頭痛が慢性的になると、脳内に片頭痛の回路が出来てしまいます。ちょっとした刺激で、回路が活性化して片頭痛が起こります。その回路の一部が首の後ろまで伝わって来ていて、押すと強い痛みを感じます。頭まで痛みが伝わることもあります。こんな痛みを背負ってるとは思わなかったでしょう」
「はい、びっくりしました」 Aさんはあまりに痛みが強いのが、とても不思議だった。

3)脳の痛みの番人
 片頭痛は三叉神経の興奮により脳の血管を拡張させ痛みを起こすが、三叉神経は生じた痛みを脳に伝達する働きもある。脳幹の三叉神経核は片頭痛の痛みの発生と調節に重要な役割を果たしている。痛みを抑制する神経も中脳から脳幹の三叉神経核に線維を送り、痛みを調節している。痛み調節系が上手く働かないと片頭痛は慢性化してしまう。本来、時々起こるのが片頭痛の特徴であったのに、痛み調節系が働かないと、毎日でも片頭痛や関連した頭痛が起こる。痛み調節系は脳の痛みの番人ともいわれる。

4)片頭痛の慢性化
 片頭痛が時々(通常は毎月2回か3回で、1回の頭痛は1日か2日)でなく頻度が増えることを、片頭痛が慢性化したという。慢性化する原因としてはストレス、うつ状態などとともに、鎮痛薬の乱用が最近増加している。痛み止めを多く飲み過ぎると、脳の痛みの調節系は働く必要がなくなり、脳の痛みの番人がさぼってしまう。ちょっとした痛みにも、さらに痛み止めを飲むことになり、悪循環になる。Aさんも鎮痛薬をかなり飲んでおり、痛み調節系の機能低下により頭痛が毎日くるようになったと思われる。片頭痛の慢性化は、最近増加しており、頭痛診療に於いて重要な課題である。
「まず、脳の痛み調節系を活性化することが治療の第一歩です。痛み調節系が働き出すと、さっきとても痛かった片頭痛の圧痛点がなくなります。そのために、頭痛体操が効果的です」 医師はAさんとともに自分も立ち上がり、頭痛体操の指導を始めた。

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(9)頭痛体操


「頭痛体操は、首の後ろの片頭痛圧痛点をストレッチし、その刺激で脳の痛み調節系を活性化するのが目的です。首の後ろからは頸髄神経が脳に向かい、脳幹で片頭痛の三叉神経系の回路とつながっています」 医師は先ず体操の目的を伝えた。
「もう一度片頭痛の圧痛点を押させて下さい。痛くて申し訳ありませんが、痛みを覚えておいて下さい。今の押された痛みの程度を“10”として、体操でどれだけよくなるかです」 医師は自信ありげだった。

1)頭痛体操の方法
「軽く両足を開いて立ちます。両腕を前方に伸ばし、手の掌は下にむけて、肘を半分曲げて下さい。正面を向いたまま、頭は動かさず、両肩を水平に大きく回します。頸椎(けいつい)を軸として肩を回転させ、頭と首を支えている筋肉(インナーマッスル)をストレッチします」 医師は自分も一緒に肩を回しながら、体操の指導を続けた。
「そう、顔はまっすぐ前を向いて、肩を回します。首が軸になります。力は抜いて、でも肩は大きく回して下さい。そう、首がコマの芯なり、そのまわりを肩が回っている感じです。片頭痛の圧痛点がストレッチされるのを感じながら、続けて下さい。いいですね、そう、上手です」
Aさんは、突然の体操に戸惑ったが、それでも熱心な医師に励まされながら、医師のまねをして体操を続けた。そのうち、体の回転がスムーズになり体操らしくなってきた気がする。
「はい、お疲れ様。初めてだと結構疲れますね。体操は2分して頂きます。いま、まだ1分ですが、ちょっと途中経過を見ましょう」

2)体操で片頭痛圧痛点がなくなる
医師は、Aさんを座らせ、体操の前と同じように首の後ろの片頭痛圧痛点を押してみる。
「いいですか、さっきと同じところを押しています。痛みはどうですか」
「痛くない、同じところを押しているんですか」 Aさんは、不思議に感じて確認した。
「さっき、覚えておいて頂いたところと同じです。ちょっと強めに押します。押された痛みはどうですか」
「ぜんぜん、痛くないです。魔法みたいです」 Aさんは狐につままれたような気がした。体操の前には飛び上がるように痛かったのに、痛みはほとんど感じない。強いていえば、10分の3くらい、まだ痛みを少し感ずる程度だ。
「体操で圧痛点がストレッチされ、そこから痛み調節系に良い信号が送られたのです。脳の痛み調節系が活性化されると、痛みへの敏感さが随分少なくなります。Aさんの痛み調節系はずっとさぼっていたみたいですが、まだ十分働いてくれます。頭痛、良くなりますよ」 医師は体操の効果の理由を簡単に説明し、Aさんを励ましながら、片頭痛の治療へと話しをすすめた。

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(10)片頭痛の治療薬


「片頭痛の治療は、先ず脳の痛み調節系の活性化です。体操が大切ですね」
「はい、続けてみます」 Aさんは、医師の話をまじめに聞きはじめている。
医師は頭痛ダイアリーの余白のメモ欄に、まず「体操」と書き、次に薬の説明を始めた。Aさんが忘れないように、説明のキーワードはダイアリーにメモをしていく。

1)アミトリプチリン(トリプタノール)
「予防の薬としてアミトリプチリン(トリプタノール)を半錠だけ、寝る前に飲んで下さい。痛み調節系は脳のセロトニンがコントロールしています。トリプタノールは脳のセロトニンを活性化するする薬です」 
この治療法はかなり効果的であるが、患者さんに良く勘違いされる。薬局でもらう薬の説明書には、アミトリプチリンはうつ病の薬と書いてあるからである。確かにアミトリプチリンは3錠あるいはそれ以上服用すると、脳のセロトニンを増やしうつ状態に有効とされている。子供のうつ状態とされる夜尿症では3錠が適量である。片頭痛の予防に使用するアミトリプチリン半錠は、子供が飲む量の6分の1であり、ごく微量である。Aさんも、その説明には納得したが、頭痛が始まった時の対処法を知りたかった。

2)トリプタン系の薬
「片頭痛が起きたら、痛み止めを飲んでいいですか」 
「Aさんは鎮痛薬を飲み過ぎて余分な痛みが増えました。痛み止めはなるべく減らしませんか。片頭痛の発作にはトリプタン系という、片頭痛だけに効く頓服薬があります。それを処方しますので、片頭痛が始まったら出来るだけ早く飲んで見てください」 
医師はトリプタン系の薬品名の1つをダイアリーにメモ書きした。片頭痛の治療薬としては、現在トリプタン系の薬が使用されている。片頭痛のメカニズムを治療する薬で、よくいう鎮痛薬ではない。片頭痛が起こるのは、三叉神経から放出されるCGRPなどの物質により脳の血管が拡張して、血管周囲に炎症が生ずるためである。トリプタンはそのメカニズムに直接作用して、片頭痛の痛みも、吐き気などの症状も改善する治療薬である。上手に使えば特効薬となる。
「片頭痛に直接効く薬ですが、片頭痛が始まったら、早めに飲むのがコツです」 医師は発作時の早期服用を繰り返して伝えた。
「先生、緊張型頭痛の時に飲んでもいいですか。毎日が頭痛なので、どの頭痛が片頭痛なのかわかりません」 

3)片頭痛の識別
Aさんの疑問はもっともであった。先ほど医師から、Aさんの頭痛には片頭痛と緊張型頭痛が混じっていて、片頭痛は時々しかこない頭痛と聞いたばかりである。毎日トリプタンを飲んだのでは、今度はトリプタンの飲み過ぎで脳の痛み調節系がどうなるかわからない。
「ひとまず、動くと辛いのが片頭痛と決めておいてください。頭痛が始まったと思ったら、頭痛体操をしてみる。体操して頭痛が紛れそうだったら、体操を続けてみて下さい。多分、緊張型頭痛です。もし、体操して頭痛がひどくなるようだったら片頭痛。体操はすぐ中止。トリプタンを飲んで下さい。そう、体操は片頭痛の予防法ですが、頭痛が起こったときに片頭痛かどうかの識別法にもなります」
「わかりました、体操ですね」 Aさんは医師から手渡された頭痛体操のパンフレットを見ながら納得の様子だった。

4)ドンペリドン(ナウゼリン)
「Aさん、トリプタンを飲むときにもう一つコツがあります。ドンペリドン(ナウゼリン)という薬を一緒に飲んで下さい」
 医師はトリプタンの吸収を良くするための工夫を付け加えた。片頭痛の発作中は胃腸の動きが停滞するため、食べ物や薬の吸収が悪くなる。片頭痛の随伴症状の吐き気や嘔吐が起こっている時には、胃腸は逆向きに口の方に向かって動いてしまい、薬は吸収されない。片頭痛がひどくなると薬が効きにくくなる原因のひとつである。ドンペリドン(ナウゼリン)は一般に吐き気止めとして知られている。しかし、吐き気が起こってからでは、吐き気止めの薬も胃腸から吸収されにくい。
トリプタンを飲むときにドンペリドンも一緒に飲むのは最低限必要である。医師はドンペリドンの飲み方をさらに工夫してほしいと思ったが、患者さんを混乱させないために、その話は次の診察まで待って、患者さんの頭痛ダイアリーを見ながら話すことにした。ドンペリドンは、片頭痛が始まる前、気配がしたときに飲んで良い薬である。そうすると片頭痛が始まったときに胃腸の動きが停滞せず、薬の吸収も良い。トリプタンも少ない量で効果が得られることになる。
ドンペリドンは気配がしたときに飲む予防薬のように考えても良い。ただし、期間限定の予防薬で、片頭痛の気配がしたら1日3回、2日ほど飲む。トリプタンの腸からの吸収がよくなり、効き目がより効果的になるので、頭痛で寝込むことが減り、仕事や家事への影響がなくなる。

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(11)薬の注意事項


ドンペリドンは良く使用される薬であるが、連用しすぎると脳のプロラクチンというホルモンが増加する。まれに乳汁の分泌の起こる若い女性もあり、知っている必要がある。また、不妊治療の際、女性ホルモンを測定するとプロラクチンが値を示し、不妊治療がしにくくなることもあり、注意が必要である。
処方薬の承認にあたっては、効果とともに副作用にも注意が払われ安全性が確認されている。それでも、各個人により副作用の起こることがある。気がついたことは、頭痛ダイアリーに記録しておいて、忘れずに医師と相談する。痛み調節系活性の目的で飲むアミトリプチリン(トリプタノール)も、緑内障や前立腺肥大の症状を悪くする可能性があるので、その場合は使用しない。

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(12)緊張型頭痛はどうするか


「緊張型頭痛はどうした良くなりますか」 Aさんは、緊張型頭痛もありそうだと思っている。
「Aさんには緊張型頭痛もあると思います。動くと辛い片頭痛ではないけれども、頭の全体がずんと重く、うっとうしい頭痛ですね」
 Aさんの頭痛で片頭痛以外がすべて緊張型頭痛とは限らない。鎮痛薬の飲み過ぎによる頭痛も混じっていそうである。緊張型頭痛の治療は、うっとうしい頭痛対策として重要である。トリプタノールによる痛み調節系の活性化により、片頭痛以外の頭痛、とくに緊張型頭痛が改善されることも期待される。緊張型頭痛は頭痛の程度は軽いものの、持続時間が長く、頭痛全体で見るとAさんにとっては緊張型頭痛にも積極的な対策が必要となる。

1)筋肉の緊張をとる
「緊張型頭痛は、主として頭を支えている首や肩の筋肉の緊張が原因です。先ほど、筋肉の触診をしたとき、片頭痛の圧痛点以外にも筋肉のしこりで痛むところがありましたね」 医師は頭痛体操の前の触診をもう一度繰り返しながら、話しを続けた。
「片頭痛の圧痛点の痛みは、なくなったままです。良かった。ただ、その他に筋肉のしこりがいくつかあって、押すと痛みましたね。このあたりですが、この痛みはまだ残っています。首の後ろから、肩にかけてのしこりです」
「はい、結構痛みます。片頭痛のところの痛みほどではありませんが」
「これらの筋肉の緊張をとることが治療になります」
緊張型頭痛は筋緊張のみが頭痛の原因でなく、精神的なストレスやうつ状態も痛みの原因と考えられており、心理療法が必要なことも多い。ただ、結果として首、肩の筋緊張の起こることが多いため、筋肉のマッサージ、理学療法などが効果的であり、鍼灸による治療効果も期待されている。もちろん、薬物療法もあるが、医師は薬を二次的な手段と考えている。

2)自分で出来るマッサージ
「まず、自分で出来るマッサージもやってみて下さい」 医師はAさんに筋肉マッサージをはじめた。
「消炎鎮痛薬の入ったクリーム(ゲル)を使います。両手の中指にたっぷりつけたクリームを首の後ろから肩にかけてオイルマッサージのようにまんべんなく塗ります。ぬるぬるしますが、そうすると自分で筋肉のしこりがわかります。ここにもしこり、ここにも、押すと痛みますね。そこを集中的に指でマッサージします」
「マッサージ、気持ちが良いです」
「自分でマッサージして下さい。筋肉疲労の手当です」
 Aさんは、言われるように自分でもマッサージをしてみるが、筋のしこりがなかなか見つからない。以前マッサージにかかったことはあるが、自分で治そうと思ったことはないので自信がない。
筋肉はちょっとしたストレスで緊張しやすい。特に首の後ろの筋肉は、うつむき姿勢や目の疲れで緊張する。パソコンを使う作業などが、その典型である。筋緊張からくる肩こり、頭痛は能率よい仕事を妨げるだけでなく、片頭痛の誘因になることもある。

「Aさん、それでは1ヶ月後にまた拝見察せ手下さい。頭痛ダイアリーも是非持ってきて下さい」
「先生、有り難うございました」
「お大事に」

H23.03.03.
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